乳房は解剖学的に乳腺、脂肪、皮膚(乳頭乳輪を含む)からなります。乳腺はさらに実質と間質に分かれます。実質は乳管と小葉からなり、乳管は母乳が通る管で、小葉は母乳を作る細胞と細い乳管からなります。間質は線維組織、リンパ管、血管などからなります。乳管は乳頭から離れるにつれて枝分かれして細くなり、最後は小葉内乳管となります。母乳を作る単位である小葉とその近傍の乳管を合わせて、終末乳管小葉単位と呼びます。乳癌はこの終末乳管小葉単位から発生することが多いと考えられています。この終末乳管小葉単位は乳頭から比較的離れた部位にあることが多く、したがって、乳癌は乳頭から比較的離れた部位にできることが多く、早期発見により乳房温存術が可能となります。 乳管は乳管上皮細胞とその外側の筋上皮細胞の2層構造になっています。乳癌は乳管上皮細胞の異常(癌化)で発生します。この癌細胞が乳管内にある、言い換えれば筋上皮細胞で被われている場合は非浸潤癌、一方、筋上皮細胞が消失している場合は浸潤癌と定義されます。非浸潤癌は転移する力を持っておりませんので、非浸潤癌で発見されることが理想です。一方、浸潤癌になると転移する危険性が生じます。
女性ホルモン(エストロゲン)にさらされている期間、つまり、月経を多く経験するほど乳癌になりやすいと考えられます。乳癌になりやすい因子の中には自ら変えることができない因子と変えることができる因子があります。
自ら変えることができない因子としては、当然ですが性別(女性は男性の100倍乳癌になりやすい)です。さらに年齢も乳癌の危険因子です。初潮から閉経を迎えるおよそ50歳代まで乳癌の危険性は増加すると考えられます。ただし、閉経後も組織内にあるエストロゲンやその他の原因により乳癌が減るわけではありません。早い初潮年齢と遅い閉経年齢も乳癌の危険因子です。これは月経を経験する回数が増えるからです。遺伝的因子としては、第1度近親者(母、娘、姉妹)に乳癌になった方がいると、約2倍乳癌になりやすいと言われています。また、癌抑制遺伝子であるBRCA1またはBRCA2に異常があると、乳癌や卵巣癌になりやすいことがわかっています。良性病変、例えば線維腺腫などの腫瘤の摘出術の既往がある方もなりやすいといわれています。また、ホジキン病などの疾患で若いときに胸部への放射線治療の既往があると乳癌になりやすいと考えられます。
自ら変えることができる因子として、妊娠、出産は乳癌の予防効果があります。若い年齢で経験すると予防効果が強いといわれています。妊娠中は月経がないため、月経の回数が減ること、また、胎盤からのホルモン分泌の影響で乳腺細胞が授乳のために変化することもその理由と考えられます。経口避妊薬はわずかですが乳癌になりやすいといわれています。閉経後にホルモン補充療法としてエストロゲンが投与されると、乳癌の危険性が増加します。アルコール摂取は種類ではなくアルコール自体の量によって乳癌になりやすくなります。閉経後の肥満は組織内のエストロゲンの濃度が増加し、乳癌になりやすいと考えられます。運動も乳癌の予防効果があるとされていますが、これは肥満にならないという結果との関連性もあるのではないかと思われます。食事では味噌汁などの大豆製品を多くとることで乳癌になりにくくなり、特に閉経後でその予防効果が高いといわれています。また、緑茶も乳癌の予防効果があるのではないかといわれています。
乳癌は日本の女性が罹患する癌の中で最も多く、2013年には76,839人が罹患し、生涯罹患率は9%(11人に1人)と考えられます。この罹患率は年々増加傾向にあります。また、乳癌の特徴として他の癌と比較して若い女性に多いということがあげられます。
日本人女性の癌の死亡数は、2016年では、大腸癌(20,882人)、肺癌(23,073人)、胃癌(15,677人)、膵臓癌(16,415人)、次いで、5番目に乳癌(14,015人)の順でした。罹患数は1番目ですが、死亡数は5番目であり、乳癌は他の癌に比べ治りやすい癌といえます。
同一の家系で乳癌を発症した人がいる場合、家族性乳癌を疑います。家族性乳癌の定義はいろいろありますが、若くして発症する、両側乳房に発症するといった特徴があります。
一方、遺伝子に異常があり乳癌が発症するものを遺伝性乳癌と呼びます。その多くは家族性乳癌として発症します。BRCA1またはBRCA2という癌抑制遺伝子に異常がある病態を遺伝性乳癌卵巣癌症候群(Hereditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome:HBOCと略されます)といいます。このHBOCの頻度は全乳癌の5%未満と考えられます。この遺伝子に異常があっても必ずしも全例が乳癌や卵巣癌になるわけではありません。NCCNガイドラインによると、HBOCの方で一生涯のうちに乳癌が発症する率は41~90%、卵巣癌が発症する率は8~62%とされています。 HBOCは常染色体優性遺伝形式をとり、半分の確率で性別に関係なく子供に引き継がれます。男子がこの遺伝子を引き継いでも乳癌になりにくいため、家系に女子が少なく男子が多い場合、遺伝性乳癌と診断されにくい状況が生じます。
正常乳腺組織と乳癌のX線の透過性の違いで診断する検査法です。乳房を挟んでX線を照射し撮影します。正常乳腺組織と比べ、乳癌は白く、脂肪は黒くなります。また、石灰化というカルシウムが沈着した像が白い点や線として見つかり、この像が乳癌によっておこる場合があります。脂肪の多い乳房のほうが診断しやすい検査です。
マンモグラフィ診断で乳癌の可能性はカテゴリ1から5に分類され、カテゴリ3以上は超音波などの画像診断、さらに病理診断として細胞診や針生検が必要となります。
組織での超音波の透過性、反射の違いを利用し診断する検査法です。正常乳腺組織や脂肪に比べ、乳癌は黒く映ります。また、嚢胞などの液体も黒く映ります。マンモグラフィに比べ、超音波検査ではより小さい腫瘤が見つかりやすいと考えられます。逆に、腫瘤でない石灰化病変は見つかりにくいとされます。マンモグラフィと同じく、カテゴリ分類がなされ、カテゴリ3以上は乳癌の可能性があり、細胞診や針生検による病理診断が必要となります。
乳癌と診断され、その広がりを診断することに多く用いられる検査です。乳癌の広がりが3次元的に詳しくわかります。ガドリニウムという造影剤を用いますので、喘息の方にはこの検査は施行できないとされています。
マンモグラフィや超音波検査と違って乳癌の診断に必須の検査ではありません。一方、海外ではHBOC(遺伝性乳癌卵巣癌症候群:Hereditary Breast and Ovarian Cancer Syndrome)の方に乳癌早期発見のためにスクリーニング検査として推奨されています。
一般にMRIと同様な目的で用いられることが多い検査です。CTの利点は、リンパ節、肝臓、肺などへの転移の有無を同時に調べることができるということです。ヨードの入った造影剤を用いますので、ヨードに対するアレルギーを有する方にはこの検査は施行できません。
手術や薬物療法を行う前に乳癌の確定診断を得ることが必須です。この確定診断は画像診断ではなく、病理診断によってなされます。病理診断にはいくつかの方法があります。
超音波検査をしながら細い針を腫瘍に刺し、針の中に細胞を吸引し、吸引した細胞をスライドグラスに吹き付け、顕微鏡で観察する検査です。皮膚を切開することはなく、皮膚に傷痕も残りません。安価であり、かつ、短時間でできるため、多く行われています。ただし、偽陰性(乳癌なのに乳癌と診断されない)、偽陽性(乳癌でないのに乳癌と診断される)が少なからずあるため、慎重に判断することが必要となります。
超音波検査をしながら、局所麻酔後に2~4回ほど、バネ式の針を腫瘍に刺します。くぼみのある内筒針が最初に腫瘍に刺さり、遅れて外筒針が腫瘍に刺さり、内筒針のくぼみの部分に組織が取り込まれますので、その針を引き抜き、外筒針を戻し、内筒針のくぼみの部分から組織を採取します。細胞診と異なり、組織が採取されますので、診断の精度は高くなります。さらに、乳癌細胞の性質を免疫組織化学染色という方法で調べることができますので、治療方針の決定に役立ちます。
針生検とほぼ同様の原理ですが、内筒針が腫瘍に刺さった後、吸引圧がかかり、腫瘍組織が内筒針のくぼみに引き込まれ、その後、外筒針が腫瘍に刺さり、内筒針の中に組織が取り込まれます。針生検に比べ、針も太く、採取される組織量が多く、より正確な診断が可能となります。この検査はさらに以下の2つの方法に分けられます。
超音波検査をしながら、局所麻酔下に腫瘍に針を刺します。吸引装置が手元の装置に内蔵されています。組織を採取するためにはいったん針を抜く必要性があります。
超音波検査をしながら、腫瘍に針を刺す場合と、マンモグラフィを撮影しながら、腫瘍に針を刺す場合の二通りの方法があります。前者を超音波ガイド下マンモトーム生検、後者をステレオガイド下マンモトーム生検と呼びます。ともに局所麻酔下で行います。バコラ生検・セレロ生検と違って、一般に吸引装置が外付けになっています。ただし、内臓型の機種も新たに加わりました。組織の採取に針を抜く必要性がなく、採取された組織が自動的に外部に移動します。
ステレオガイド下マンモトーム生検は、超音波検査で異常所見が認められず、マンモグラフィのみで異常が認められる症例(特に石灰化のみの症例)に行われます。
乳癌の治療は大きく局所療法と全身療法の二つに分類されます。それぞれの治療は相補的に力を発揮しますので、どちらの治療もおろそかにできません。例えば、大きく切除すれば全身治療は必要ない、全身治療をするから手術は必要ない、そういう考えは正しいものではありません。
局所とは一般に乳房、大胸筋および小胸筋、腋の下(腋窩)のリンパ節を指します。局所療法は局所における乳癌の完全な消滅を目的とした治療であり、手術と放射線治療の二つからなります。
手術は乳房切除術、乳房部分切除術の二つに分けられます。乳房切除術は乳房再建を考慮しない術式と、乳房再建術を考慮した術式に分けられ、後者には乳頭乳輪温存乳房切除術(Nipple sparing mastectomy)と皮膚温存乳房切除術(Skin sparing mastectomy)の二つがあります。
全乳腺を切除する方法で、解剖学的に乳癌の完全切除が可能となります。手術後の放射線治療は原則としてリンパ節転移がなければ必要ありません。乳房再建術を希望される場合、次に述べる術式が薦められます。
乳頭乳輪温存乳房切除術
乳頭と乳輪、乳房皮膚を温存する術式です。この手術後にエキスパンダー(組織拡張器)を大胸筋下に入れる手術が行われます。エキスパンダーで十分に組織を拡張し、およそ6ヵ月以上経過した後に、インプラント(人工乳房)、または、自家組織(腹部や背部の脂肪など)を用いた乳房再建術が行われます。
皮膚温存乳房切除術
乳頭と乳輪を切除しますが、乳房の皮膚をできるだけ温存する術式です。前述した乳頭乳輪温存乳房切除術と同じく、手術後にエキスパンダーを大胸筋下に挿入し、エキスパンダーで十分に組織を拡張し、およそ6ヵ月以上経過した後に、インプラント(人工乳房)、または、自家組織(腹部や背部の脂肪など)を用いた乳房再建術が行われます。
乳房温存術のことであり、乳癌の周囲に正常乳房組織をつけて、切除する方法です。切除断端に乳癌細胞がないことが手術の成功の必要条件となります。日本医科大学付属病院では、手術中に切除断端に乳癌細胞が存在するか否か病理検査で調べています。切除断端に乳癌細胞があれば追加切除を行うことが望ましいと考えられます。乳房部分切除術は術後に乳房全体に放射線治療を行うことが勧められます。放射線治療により乳房部分切除術後の生存率は乳房切除術後と同等であることが示されています。
手術を補う目的で行われます。乳房温存術を受けた方は乳房への放射線治療がほぼ必須と考えられます。一方、乳房切除術の場合、リンパ節転移がなければ放射線治療は必要ないと考えられます。しかし、リンパ節転移が陽性の場合、または腫瘍が大きい場合、乳房切除後でも胸壁への放射線治療が勧められます。
局所療法と異なり、全身に存在するかもしれない小さな転移や既に見つかっている転移に対しての治療であり、薬物療法のことです。薬物は血流にのって全身に運ばれ、局所から遠隔臓器までのすべてに効果が認められます。ただし、脳には血液脳関門があるため、薬物が入りにくいと考えられます。薬物療法は、ホルモン療法、化学療法、分子標的薬物療法の3つに分類されます。
ホルモン療法は一言でいうとエストロゲンの作用を阻害する治療法のことです。
ホルモン療法は閉経前と閉経後でその治療内容が異なります。閉経前患者さんに認可されている薬剤としては、黄体化ホルモン分泌ホルモンアナログ{(ゴセレリン(商品名:ゾラデックス)、リュープロレリン(商品名:リュープリン)}とタモキシフェン(商品名:ノルバデックス)があります。
閉経前では卵巣からエストロゲンが分泌されるので、この分泌を止める薬剤が黄体化ホルモン分泌ホルモンアナログです。1か月または3か月に1回の皮下注射です。この薬剤を注射している間は月経が起こりませんが、注射をやめるとまた月経が再開します。薬剤ではなく、放射線治療や外科的卵巣摘出術が行われることもあります。また、化学療法も卵巣の働きを抑える働きがあります。
乳癌細胞にはエストロゲンレセプターというエストロゲンの受け皿があり、その受け皿にエストロゲンが結合すると乳癌細胞の増殖がおこります。エストロゲンレセプターにエストロゲンが結合することを阻害する薬剤がタモキシフェンです。タモキシフェンは臓器によってはエストロゲンと同じ作用を有する場合もあります。たとえば、骨には骨密度増加作用があり、子宮には子宮内膜増殖作用があります。したがって、Selective Estrogen Receptor Modulator(SERM)と呼ばれます。
閉経後、患者さんに認可されている薬剤としては、アロマターゼ阻害剤{アナストロゾール(商品名:アリミデックス)、レトロゾール(商品名:フェマーラ)、エキセメスタン(商品名:アロマシン)}とSERMです。SERMにはタモキシフェンに加えて、トレミフェン(商品名:フェアストン)も認可されています。トレミフェンはタモキシフェンとほぼ同じ構造式を有しており、ほぼ同等な効果を有していると考えられます。
閉経後では卵巣からのエストロゲンは分泌されず、したがって、血液中のエストロゲンは低値です。代わって、脂肪組織や筋肉に存在するアロマターゼという酵素によって、男性ホルモン(アンドロゲン)からエストロゲンへ変換されることでエストロゲンが供給されています。このアロマターゼという酵素を阻害する薬剤がアロマターゼ阻害剤です。3種類の薬剤が保険承認されており、それぞれの薬剤はほぼ同等な効果を有していると考えられます。
SERMであるタモキシフェンやトレミフェンに比べ、アロマターゼ阻害剤のほうが乳癌に対する効果が強いと考えられています。ただし、組織内のエストロゲンを低下させるので、骨密度低下、高脂血症、関節痛などの副作用があります。
再発患者さんに認可されている主な薬剤として、フルベストラント(商品名:フェソロデックス)、エチニルエストラジオール(商品名:プロセキソール)、メドロキシプロゲステロンアセテート(商品名:ヒスロンH)があります。
前述した黄体化ホルモン分泌ホルモンアナログ、SERM、アロマターゼ阻害剤は進行・再発乳癌に対しても用いられます。しかし、これらの薬剤の治療中に再発が認められた場合、薬剤に対して抵抗性を有していると考えられ、別の薬剤に変更する必要性があります。フルべストラントはエストロゲンレセプターに結合し、エストロゲンレセプターを消失させる薬剤です。よって、Selective Estrogen Receptor Downregulator(SERD)と呼ばれます。同じくエストロゲンレセプターに結合するSERMはエストロゲンレセプターの発現には大きな影響を与えません。フルべストラントはSERMと異なり、閉経後の患者さんに適応があります。
乳癌はエストロゲンで増殖しますが、逆にエストロゲンが有効である場合があります。ただし、閉経後の患者さんにのみ有効です。エチニルエストラジオールは合成エストロゲンであり、前立腺癌の患者さんに使われることが多い薬剤ですが、近年、再発乳癌にも有効性が示されています。
黄体ホルモンはエストロゲンの作用に拮抗する働きがあります。黄体ホルモン製剤であるメドロキシプロゲステロンアセテートは今まで述べた薬剤で効果がなくなった場合に用いられます。閉経前でも閉経後でも両方の患者さんに有効です。
化学療法は細胞が増殖、分裂する際に働き、細胞を死滅させる薬剤です。乳癌細胞だけではなく、分裂を起こす細胞にはすべて作用し、毛髪や爪の細胞、白血球などの細胞の増殖も抑えてしまいますので、脱毛、爪の変形、白血球減少などの副作用が出現することになります。一般に術前、術後に乳癌患者さんの治癒を目的とした化学療法では、複数の薬剤が組み合わされて用いられます。標準的薬剤として、シクロフォスファミド:C、アンスラサイクリン(エピルビシン:E、アドリアマイシン:A)、フルオロウラシル:F、タキサン:Tがあり、それぞれの略語を用いて、AC、EC、TC、CEF、FEC-Tのレジメンとして用いられています。3~6ヵ月間の治療期間が一般的です。
化学療法はエストロゲンレセプターが陽性の乳癌に比べ、陰性の乳癌でより効果を発揮します。ホルモン療法と併用することは一般的でありませんが、テガフール・ウラシル、カペシタビン、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウムとは併用することもあります。また、放射線治療と併用することは副作用の観点から避けるべきと考えます。
トラスツズマブ(商品名:ハーセプチン)、ペルツズマブ(商品名:パージェタ)、ラパチニブ(商品名:タイケルブ)、T-DM1(商品名:カドサイラ)HER2陽性乳癌に対して効果があります。このうちトラスツズマブは手術後1年間の治療が再発予防に有効であることが示されています。その他の3剤はすべて進行・再発乳癌に対して用いられます。ベバシズマブは血管新生阻害剤であり、パクリタキセル(化学療法剤)との併用で進行・再発乳癌に効果が認められます。エベロリムスはホルモン療法のエキセメスタン(アロマターゼ阻害剤)との併用で、ホルモンレセプター陽性の進行・再発乳癌に対して有効です。デノスマブは骨転移に対して破骨細胞の作用を抑えて効果を発揮します。また、パルボシクリブがホルモン療法との併用でホルモンレセプター陽性の進行・再発乳癌に対して2017年12月に承認され、効果が認められています。
乳癌と診断された場合、治療後の再発・転移の危険性は少なからずあります。しかし、その危険性は乳癌の性質や治療法によって異なり、さらに、治療法の進歩により再発・転移の頻度も年々低下してきています。不必要な心配を避けるためにも、再発・転移の危険性をある程度正確に知る必要性があります。
乳癌が再発・転移しやすい臓器は、局所では温存した乳房、皮膚、リンパ節(腋窩、鎖骨上下、内胸、縦隔)、筋肉、遠隔臓器では骨、肺、胸膜、肝臓、腹膜、脳などです。
遠隔臓器転移は治癒することが難しいと考えられており、そのような転移を早く見つけて治療しても、また、遅れて治療を開始しても最初の手術からの生存期間には変わりがないという臨床試験の結果があります。この結果から多くのガイドラインでは遠隔臓器の検査を症状がないときに行うことは推奨されておりません。しかし、治療法が進歩した昨今、遠隔臓器転移を早く見つけることが生存期間の延長に寄与する可能性も否定できません。これについては今後も検討が必要と思われます。
一方、局所再発は早期発見により治癒する可能性があります。したがって、局所の検査として、1年1回のマンモグラフィまたは超音波検査を行うことは強く勧められます。温存した乳房内のおおよその再発率は、乳房への放射線治療を受けた場合、術後1年間で0.5%、術後10年間で5%と報告されています。
再発・転移には自覚症状がある場合とない場合があります。自覚症状はそれぞれの臓器の症状ということになります。胸壁または乳房ではしこり、皮膚の発赤、骨では痛み、肺または胸膜では咳、肝臓では肝機能の異常などです。自覚症状がない場合、医師の触診、マンモグラフィ、超音波検査、胸部単純写真、CT、血液検査の腫瘍マーカーなどで発見されます。前述したように遠隔臓器の検査は推奨されておりませんが、胸部単純写真は一般の健診で行われており、また、腫瘍マーカーは血液検査という比較的簡便な方法のため、実地臨床で行われていることが多いと考えられます。腫瘍マーカーは画像診断で異常が出る前に上昇することもありますが、一方、再発・転移でなくとも上昇すること(偽陽性)がありますので、注意が必要です。
温存した乳房、皮膚、リンパ節、筋肉の再発は切除可能であれば手術が行われます。このような局所再発に手術、放射線治療、薬物療法が行われ、完治する可能性もあります。
一方、骨、肺、肝臓などの遠隔臓器の転移は治癒することは難しいと考えられています。生命の危険性がある場合、まず化学療法が行われます。化学療法はこれまでに使っていない薬剤を用いることが推奨されます。原則として、単剤で治療することが多いのですが、二つまたはそれ以上の薬剤を組み合わせて行う場合もあります。効果があり、副作用が問題とならなければ、同じ治療を継続します。効果がなければ、別の化学療法薬剤に変更します。
骨転移がある場合、デノスマブ(商品名:ランマーク)またはビスフォスフォネート{ゾレドロン酸(商品名:ゾメタ)、アレドロン酸(商品名:アレディア)}が投与されます。デノスマブは破骨細胞の働きを抑える分子標的治療薬です。ビスフォスフォネートは骨基質に沈着し、破骨細胞による骨吸収を抑える働きがあります。破骨細胞の作用を抑えるということではデノスマブと同じ働きをします。これらの薬剤は、齲歯がある場合、顎骨壊死という独特な副作用が起こることがあり、注意が必要です。
生命の危険性がない場合、ホルモン受容体が陽性であれば、ホルモン療法が行われます。ホルモン療法はこれまでに使っていない薬剤を用いることが推奨されます。原則として一種類の薬剤で治療することが望ましいと考えられます。ただし、ハーセプチン、カペシタビン、テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウムなどとは併用する場合もあります。また、骨転移の場合、デノスマブやビスフォスフォネートと併用します。効果があり、副作用がなければ、同じ治療を継続します。効果がなければ別のホルモン療法薬剤に変更します。
生命の危険性がでてきたにもかかわらず、治療の効果がなくなった場合、治療による副作用に耐えられないと考えられた場合、薬剤によってかえって生命の危険性が増してしまうと考えられた場合、治療を終了し、症状を緩和する支持療法に移行する必要性があります。呼吸困難、疼痛、不安など様々な症状に対して、精神的ケアや薬物療法により、苦痛のない安らかな状態を保つことを目指します。